きっかけは、1個のりんご。お寿司屋さんが惚れた自然栽培の米作り『株式会社木村ワールド』生産者・小西敏之さん

岡山県倉敷市。瀬戸内の穏やかな風が吹き抜ける田んぼで、肥料、農薬、除草剤に頼らない「自然栽培」によるお米作りに取り組んでいるのが、「おかやま自然栽培」と「木村ワールド」です。

きっかけは、”奇跡のりんご”で知られる木村秋則さんとの出会い。「本当に安心して食べられるお米を届けたい」という思いから、その活動は始まりました。

以来、土や水、微生物、生き物たちの力を借りながら、自然と向き合う日々が続いています。自然とともに生きるお米作りの現場で見えてきたものとは――。

株式会社木村ワールドの小西敏之さんにお話を伺いました。

1個のりんごがもたらした、自然栽培との出会い

「私たちの活動の始まりは、1個のりんごとの出会いがきっかけなんです」

そう振り返るのは、お米の販売や、お米を原材料とした商品開発などを手掛ける、「株式会社木村ワールド」の小西敏之さん。2010年からスタートした「おかやま自然栽培」の理念に共感し、お米作りを始めた一人です。

「おかやま自然栽培」とは、木村ワールドで取り扱うお米の根幹となる栽培方法。そもそも小西さんを惹きつけた「おかやま自然栽培」とはいったいどのようなものなのでしょうか。

「木村ワールドの代表であり、おかやま自然栽培の発起人でもある髙橋啓一は、ここ岡山県で回転寿司のチェーン店を営んでいます。1977年の創業以来、『握りの味は、ネタ四分にシャリ六分』という考えのもと、寿司にとって欠かせない“お米”と向き合ってきた人物です。

そんなあるとき、髙橋の次男さんが研修で、“奇跡のりんご”で知られる青森のりんご農家・木村秋則さんの農園を訪れ、りんごを持ち帰ったそうなんです。そのおいしさは感動するほどだったとか。

さらに、そのうちの1個を神棚に置いていたところ、しばらく経っても傷まず、腐らず、ただ“枯れていった”といいます。その様子を目の当たりにした髙橋は、木村さんが提唱する『自然栽培』に強く興味を持つようになったんです」

山の中の木の実が、腐敗せずゆっくりと水分を失っていくように、木村さんが自然栽培で育てたりんごもまた枯れてくーー。大きな衝撃を受けた髙橋は、「お米だったらどうなのだろう」という疑問を抱くようになります。

そして自ら、肥料、農薬、除草剤に頼らない自然栽培でお米作りに挑戦。

すると予想を超える豊作となり、収穫したお米は粒も大きく、味わいもすばらしいものに育ちます。

さらに髙橋さんの心を動かしたのは、食べ忘れていたおにぎりが、あのときの“りんご”と同じように枯れていったことでした。

「自然の力ってこういうことなのかもしれない。腐らずに枯れていく理由もそこにあるのではないか、と感じたそうです。寿司を提供する以上、髙橋の『安全で安心できるお米を提供したい』という思いは人一倍強かったといえます。

そこでりんご農家の木村さんから直接指導を受けながら、『おかやま自然栽培』の取り組みが本格的に始まったんです」

自然を知り、ともに生きる。おかやま自然栽培の土台

 「お米は誰が作っていると思いますか?」

小西さんは、やわらかな表情でそう問いかけます。

「土があって、水があって、太陽の光があって、土の中には微生物がいる。それらすべての力が合わさって、初めてお米作りができるんです。人間は、そのお手伝いをしているだけなんですよ」

りんご農家の木村さんが提唱した「自然栽培」という言葉は、“自然な栽培”という意味ではありません。“自然”と“栽培”。つまり、自然と向き合い、調和しながら、人が知恵と工夫を重ねて育てていく農業です。

戦後の日本では、化学肥料や農薬が広く使われるようになりました。ですが一方で、食の安全や自然との関わりについて考える機会も少しずつ失われていったのかもしれません。

「田んぼをよく観察し、水の深さや除草のタイミング、土の乾かし方まで細かく調整しながら、稲が本来持つ力を引き出していくんです。それは、稲に寄り添い、どうすれば自然の力を引き出すことができるかを考え続けることなんですよ」

光、水、空気、そして土の中の微生物たちの働きによって、田んぼの中で自然に栄養分が生まれていく――。あるがままの姿を大切にする。それこそが、木村ワールドが大切にしている考え方なのです。

「山の木は、肥料がなくても大きく育つじゃないですか。本来、自然界には植物を育てる力が備わっているんです。ただもちろん、自然は人間の思い通りにはなりません。大雨が続けば、作業が思うように進まないことも。ですが自然を相手にしている以上、恨んでも仕方ない。私たちはそれを受け入れるだけです」

自然を支配するのではなく、自然を知り、ともに生きる。その感覚こそが、おかやま自然栽培の土台といえます。

“朝日”だからできた、自然とともに育つお米作り

おかやま自然栽培で育てているのは、岡山の在来種の「朝日」です。コシヒカリやササニシキの先祖にあたるこのお米は、これまで一度も人工交配されていない希少な品種として知られています。

「かつて、お米の代表格は『西の旭、東の亀の尾』といわれ、その“旭”を岡山県が優良選抜して育てられたのが“朝日”です。自然栽培に選んだのは、肥料や農薬が当たり前じゃなかった時代から作られていたお米だからです」

ただ、朝日には現代の主流品種にはない特徴もあります。

背丈が高いため風で倒れやすく、さらに稲穂から米粒が落ちる“脱粒”という性質を持っていること。また、もち米と交配していないため、甘みが少ないのも特徴です。

「それらの理由から、朝日は戦後、農家から選ばれないお米になりました。ですが、自然栽培では人工的な肥料を与えないため、稲が自ら栄養分を求めてしっかりと根を張り、倒れる心配がないという利点があるんです。しかも、お米本来の味わいがあり、冷めてもおいしい。特にお寿司屋さんからの引き合いが多いんですよ」

とはいえ、肥料、農薬、除草剤に頼らない自然栽培では、多くの労力を伴うのも事実です。

「他のお米との大きな違いは、作付けから刈入れまでの時間がかかることですね。それに加えて、外来種のジャンボタニシが発生してしまうという問題もあります。自然栽培では草を抑えるために、土に日光が当たらないよう田んぼを深水にするんです。ただそうすると、ジャンボタニシが活発になって稲を食べてしまう。田植えをして1週間ほどで、稲がすべてなくなったということも何度か経験しました……」

それでも自然栽培を続ける理由を、小西さんは次のように説明します。

「お米を作り続けているうちに、田んぼの様子が変わっていくのが分かるんです。自然栽培に切り替えた直後は、前年まで使われていた肥料や農薬の影響が残っているので、そこそこお米は取れるんです。でも、そこからだんだん右肩下がりになっていく。そしてようやく、4年目ぐらいからゆっくりと収量が上がっていくんです。それは土の質が変わってくるから。つまり、微生物や窒素などの栄養素が増えていくんですよ」

さらに、自然栽培の田んぼでは、小さな生き物たちの変化も起きていきます。

「私たちが土に施すのは、もみやもみ殻くんなど自然由来のもののみ。すると、アメンボやオタマジャクシなどが徐々に増えていくんです。自然栽培は、地域や地球全体の環境保全にもつながっていると感じます」

自然の力を信じ、自然との調和のなかでお米作りを行うからこその気づき。自然栽培に取り組む生産者のなかには、孫に食べさせたい一心で活動を続ける方もいるそうです。

「『おじいちゃんが作ったお米はおいしい!』と言われると、やっぱり精が出ますよね。

しかも玄米には、大病を経験した方や食事療法が必要な方からも、たくさんお問い合わせをいただきます。私も普段は玄米食。安心なうえ、他の品種と比べてもクセがなく食べやすいんです」

多くの時間や労力を必要とする自然栽培。それでも、豊かな生態系が息づく田んぼは、自然との共生がどれほど大切なのかを教えてくれているようです。

若者が農業で暮らしていける社会を作りたい

「私たちの活動は徐々に広がってはいるものの、まだ“点”でしかないんです。生産者が少ないので、“面”としての力にはまだなっていない。後継者の育成は大きな課題です。実際に、私たちの仲間も年齢を重ね、辞めていく人が増え続けています。

お米の価格は、米不足といわれる状況になっても低いままです。これでは生活が成り立たず、若い人たちの農業離れは進む一方。県内にはいくつか農業高校がありますが、卒業生の就農率は2%にも届きません。だからこそ私たちは、お米の買取価格を高く設定し、農業で暮らしていける社会を作ろうとしているんです」

だからこそ木村ワールドは、自然栽培で育てたお米を、適正な価格で買い取る仕組み作りにも力を入れています。

「販売時には高価格になっても『食べたい』『自然栽培を応援したい』と言ってくださる消費者がいる。作る人と食べる人。その循環する関係性が、おかやま自然栽培を支える大きな力となっています」

一方で小西さんは、自然栽培を広げるには、日本人がお米作りとともに歩んできた歴史にも目を向ける必要があると続けます。

「水稲栽培は、もともと地域で協力しながら続けてきた文化です。水を田んぼへ引き入れる作業も、田植えや稲刈りも、到底一人ではできません。地域ぐるみで支え合う共同作業として、日本人は2000年にわたりお米作りを続けてきたんです。

ですが逆にいえば、人と違うことがやりにくい世界でもあります。自然栽培は、どうしても草が生えてしまいます。そうすると、『草を生やしている』『手を抜いている』と思われることも。一人だけで取り組むにはハードルが高いんです」

だからこそ必要なのが、“面”で広がっていくこと。自然栽培を知り、「自分もやってみよう」と思える環境を少しずつ整えていくことが大切です。その取り組みの一つとして、木村ワールドでは、農機具の貸し出しにも取り組み始めています。

小西さんは、自然栽培の未来を穏やかに捉えています。一気に大きな変化を望むのではなく、階段を上がっていくように一歩ずつ積み重ねていく。そしてその言葉からは、生産者としての実感もにじみます。

「私たちの体は、食べたものからできてます。ですから、できるだけ体にやさしいもの、良いものを取り入れることが大切。そのことに気づき、自然栽培で育てたお米を手に取ってくださる方が増えたら嬉しいですね」

いまは、食べるものを選べる時代。なにを選び、食べるのかという選択は、自分自身の健康だけでなく、農業や地球環境の未来にもつながっています。小西さんたちの活動は、私たちにそのことを問いかけています。

取材・執筆:福島和加子