“香りの物語”と呼ばれる『源氏物語』をモチーフに
京都府オリジナル米『京式部』の開発秘話
『京式部』は、JA全農京都と京都府庁、そして複数の京都の米農家が手を組み、令和3年から販売を開始した京都の新しいお米です。栽培試験・食味試験では、老舗料亭の京料理人が試食し「お店で自信を持って提供できるおいしいお米」と認めた品種を選定。
大粒ならではの食べ応えと、ツヤのある白さ、豊かな香り、甘味をバランスよく兼揃えた『京式部』は、京料理のおいしさを引き立てるお米として、いくつかの老舗料亭でも愛用されています。
今回は、『京式部』の商品開発に取り組んだ京都府庁の山川さんとJA全農京都の藤田さんに、『京式部』の栽培におけるこだわりや、京都の食や農業への想いについて伺いました。
厳しい夏の暑さに負けないお米を、京都から
『京式部』誕生の背景には、農業を語る上で軽視できない地球温暖化の課題があります。京都といえば京野菜のイメージが強いですが、「京都府丹後産コシヒカリ」や「京都府産きぬひかり」など、一等米を生産する“知られざる米産地”です。
しかし、昨今つづく厳しい夏の暑さは、品質の低下を招いています。また、平成30年には農林水産省による米政策改革が実施されたことで、他の地域で採れたお米が京都にも多く流入するようになりました。よって、京都産米の消費量の低下が懸念されています。
これらの課題を受け、平成29年に始まったのが京都府オリジナル米の開発です。おいしさはもちろんのこと、厳しい夏の暑さに負けない丈夫なお米を目指し、品種改良が行われました。
「新潟や北海道などの他県から、暑さに強い遺伝子を持つ品種の種を複数いただき、府内のベテラン農家さんの手を借りて栽培試験を行いました。京都の暑さに負けず丈夫に育ってくれるかどうかが重要なポイントでした」(山川さん)
また、『京式部』は「特別栽培米」として認められています。「特別栽培米」は、慣行栽培よりも農薬の使用回数を減らし、化学肥料の窒素成分量を半分以下に抑えて栽培されたもの。自然循環にも配慮されたお米なのです。
京料理人に選ばれた品種を採用
無事に収穫を終えたら、今度は食味のチェックです。老舗料亭の京料理人やお米マイスターが集い試食を実施。米の大きさやツヤ、白さ、香り、甘味などのバランスを確認し、「京都が誇る京料理と共に自信を持って提供できるおいしさかどうか」を軸に選定が行われました。
最終的には、食味の最も優れた1系統「北陸246号」が選ばれ、『京式部』が誕生したのです。
「京都の食といえば、やはり京料理ですよね。繊細な味わいを持つ京料理のおいしさを引き立てるお米として、料理人が認めてくれるならば、品質に間違いはありません。
一部の老舗料亭では、お茶漬けなど『京式部』をコース料理の締めとして使ってくださっています。最後に食べたものはお客様の記憶に残りますよね。
そんな大切な役割に『京式部』を担わせていただけていることをとてもうれしく思います」(山川さん)
“香りの物語”と呼ばれる『源氏物語』をモチーフに
京都といえば、多くの日本の文化遺産が残る街。紫をメインカラーとした『京式部』のロゴやパッケージは、“世界最古の長編小説”といわれる『源氏物語』を書いた紫式部を連想させます。お米の形をしたロゴマークには、平安時代を生きる女性の後ろ姿が。
「京都を語る上で、紫式部の存在を避けては通れません。『源氏物語』は香りにまつわる描写が多いため、“香りの物語”とも呼ばれています。お米の豊かな香りと、華やかで上質な印象を放つ『源氏物語』。その相性の良さに惹かれ、『京式部』という名に決まりました」(山川さん)
農家や料理人。さまざまな人から愛されるお米を目指して
京都オリジナルのお米をつくる背景には、他県の人たちに京都のお米を知っていただくほか、府内の人たちにも京都産のお米を食べてもらいたいという願いが込められています。
米政策改革以降、米農家の収入減少が懸念されています。また、栽培する際にかかる燃料代や機械代は高騰しているにも関わらず、30年近い間、農産物の価格は上げられない状態がつづいているのです。
「特にお米は、消費者にとって固定費に近い感覚なのでしょうね。お米の値段が上がることに抵抗を感じる方が多いようです。
しかし、このままでは米農家さんたちの生活が苦しくなりますし、『稼げない仕事』というイメージでは人材不足の解消も難しくなります。
そこで、『京式部』は高価格でも胸を張って売れる高品質なお米としてブランド化に取り組んできました」(山川さん)
「胸を張って高く売れる、ということが、きっと米農家さんにとって働くモチベーションにつながるのではないでしょうか。
京都は他の農作物よりもお米の栽培面積が圧倒的に広いんです。
そんな広い農地を少ない人数で面倒を見つづけるのは大変ですから、暑さに強く丈夫であるという『京式部』の育てやすさは、農家さんにとってもメリットになるかと」(藤田さん)
また、老舗料亭の京料理人による食味試験を実施したのも、自ら選定に関わることで京都のお米に愛着を持ってほしいと願ってのことでした。「自分が選んだ」という経験が、京都のお米に対する誇りや愛情を生む。一般の生活者だけでなく、生産する人やお店で使う人など、京都のさまざまな人の想いが詰まったお米なのです。
ごはんは、わたしたちの暮らしの原点
『京式部』はソラミドごはんや一部都内のお店でも購入することができます。京都のお米が首都圏に流通するのは、『京式部』が初めてのことなのだそう。
「いまやどこの地域のお米もおいしいですよね。さまざまな選択肢のなか『今回は京都のお米にしてみよう』と気軽に試していただきたいです。平安時代の奥ゆかしさや京都の『はんなり』とした柔らかな気分をご自宅で感じていただけるかと思います」(山川さん)
「おいしいごはんを食べているときって、いい意味で何も考えていないというか、人間が一番自然体な状態なのかもしれません。おいしいごはんを食べながらイライラすることはあまりないですよね(笑)逆に、料亭やレストランでお米がおいしくなかったら、すべてが残念な思い出になってしまう……。それだけお米は、わたしたちにとって原点であり、大切な存在です。だからこそ、楽しみながら選んでもらいたい。その選択肢の中に『京式部』があり、お客様の生活に寄り添える存在になれたらと思っています」(藤田さん)
地球温暖化や農家の人手不足など、京都に限らず農業はさまざまな課題を抱えています。そんななか、地域一丸となり、京都の食の誇りを守りつづけようとする、揺るぎない想いが『京式部』の開発に込められていました。
わたしたちの暮らしの原点であり、心を満たしてくれるおいしいごはん。
生産地に想いを馳せながら、お米選びを楽しんでみてはいかがでしょうか。
取材/執筆:佐藤伶
編集:貝津美里
写真:JA全農京都提供